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仙台高等裁判所 昭和26年(う)943号 判決

控訴人 被告人 鈴木鉄三郎

弁護人 勅使河原直三郎

検察官 西海枝芳男関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人勅使河原直三郎の控訴趣意並びに同弁護人の陳述した被告人名義の控訴趣意は別紙記載のとおりである。

弁護人の控訴趣意のうち擬律錯誤を主張する点について

およそ被告人の為にする上訴は下級裁判所の裁判に対する不服の申立であつて不利益の裁判を是正して利益と為すことを求むるを以て、その本質と為すものであるから被告人は下級裁判所の裁判が自己に不利益な場合でなければ之に対し上訴権を有しないものであると、いわなければならない。しかし裁判が被告人に不利益であるか否かは、一にその主文を標準として客観的に定むることを要し、裁判の理由及被告人の主観的事情等は之を問うことを要しないものである。何となれば裁判は理由の如何を問はず一に其の主文によつて定まりその利益と不利益とは主文の内容に関する刑事訴訟法上における価値判断であつて即ち被告人をして刑事に関する責任を一時若くは永久に免れしむるの結果に至るか否かによつて決すべきものであるからである。本件について考えると所論は被告人は昭和二十六年一月十七日自宅でその製造した焼酎一斗五升一合を所持していたという公訴事実に対し原審は犯罪を構成しないという理由のもとに公訴棄却したのは誤りで無罪を宣告すべきであるというのであるがその判決の当否如何に拘らず公訴棄却はその結果として被告人は既に受けた公訴の関係を離脱し、いまだ被告人とならない以前の状態に復したことになるのであるから、その判決は結局被告人に利益であることは疑を容れない。従つて此の点については被告人は上訴権を有しないものと解するのが相当である。論旨は採用の限りでない

被告人の控訴趣意のうち前段について

所論は原判決の罰金刑を体刑にして、その執行猶予の宣言を求めるというのであるが刑法第十条の規定に照し鑑みるに右は被告人に利益である処分を覆し其の不利益に原判決を是正せしめんとする結果になるので前段説示の理由により斯る控訴理由は許すべからざるものである、論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意のうち量刑不当の主張並びに被告人の控訴趣意のうち後段について

記録を精査し、所論の事情を参酌し、被告人の本件犯行の動機、態様、経歴、その他諸般の情状を斟酌して考察するも原審が本件につき被告人に対し科した刑が重きに過ぎるものとは認められないから論旨はいずれも理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に従い、本件控訴を棄却すべきものとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野正太郎 裁判官 松村美佐男 裁判官 蓮見重治)

弁護人勅使河原直三郎の控訴趣意

公訴事実(一)に依れば被告人は焼酎原料醪約一石を製造し、之を以て焼酎約四斗六升を製造し、内三斗六合を以て合成清酒三斗六合を製造したるものなるところ、右醪は焼酎製造の過程に過ぎざるを以て何等別異の犯罪を構成するものに非ず。従て被告人は焼酎一斗五升一合の焼酎の製造並に右合成清酒製造の責任あるに止まるは多言を俟たず。公訴事実(二)は被告人が右合成清酒を製造したる残一斗五升一合の焼酎を所持したることを以て酒税法第五十三条に違反するものとして起訴したるも、同条は免許を受けざる他人の製造したる酒類等を所持したるものを罰する趣旨にして、自己の製造したる酒類等を所持するも製造の罪の外何等犯罪と為らざることは規定上明白にして、右起訴の誤れるものなること多言を要せず。

被告人は半島人なるも日本に帰化して日本人を妻とし三人の子女を有するものなるところ、先年奇禍に罹り肋骨二本を折り重労働に堪へず、而も適当の職を得ず生計極めて困難なるものなり。被告人は既に老齢に達し本件に付ては深く前非を後悔し居りて再犯の虞なきものなり。而して被告人は本件の合成清酒並に焼酎を他に売却せざる内に検挙せられたるものにして、何等利益を取得せざるは勿論多大の損害を被り居るものなれば、原審の量刑は被告人の犯情に比し重きに過ぐるものと思料せられるを以て、出来得る限り其の刑を減軽せられんことを希ふ次第なり。

控訴理由の追加 原判決は前記被告人の一斗五升一合の焼酎を所持し居りたる事実に付公訴棄却の言渡を為したり。然れども原判示の如く犯罪と為らざるものなる以上無罪を言渡すべきものにして公訴を棄却すべき法律上の根拠なし。従て原判決は此の点に於て擬律錯誤の違法あるものにして破棄すべきものとす。

被告人の控訴趣意

控訴の趣意 前審判決は被告人に対し重過る感致しますので公正妥当なる御判決受け度く控訴に及んだので有ります希は罰金の額を減ぜられる様御願します。

事実及理由 被告人は戦争中身体に傷害を受け充分なる働きが出来ないのに元より教育も無いのですから適当な職も得られず、資金が無いから商売も出来ませんので生活上止むに止まれず罪を犯したので有ります。着手以来日も浅く社会に何等の被害も加へない内に発覚せられたので今後は断じて斯る行為は致しません、昨年三月以来町の生活扶助を受けて辛じて生命を保持して居るので有ますから真面目に働いて居ります。斯る事実に御同情下さいまして体刑にして刑の執行猶予にして頂き度いのです、苦し体刑叶はずとせば出来得る限り罰金の額を減ぜられる様公正妥当なる御判決を御願します。

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